[0:00]誰かこの子引き取ってよ! 葬式で若い妻が吐き捨てた言葉。それは、血の繋がらない 少年へのあまりに残酷な言葉だった。 保育士の木本美智子、35歳。 彼女は結婚2年目に子供を授かれない体だと診断された。 夫は地方の名家の長男で跡継ぎが作れない美智子を、 不用品を捨てるかのように早々に離縁した。 ひとりになった美智子は職場の保育園の子供たちに愛情を 注ぐことで寂しさを紛らわせ、悲しみに蓋をした。 しかし、心にはずっとぽっかりと 穴が空いている感覚があった。 ある日、美智子は遠い親戚の男性が 事故で急逝したとの訃報を受け葬儀場にいた。 親族が集まる中、未亡人となった若い女が、棺の横で耳を 疑うような言葉を叫んでいた。 「なんで私がこのガキを育てなきゃ ならないのよ!そっちの親族で誰か引き取ってよ!」 聞けば、彼女は2ヶ月前に結婚したが、夫からは 4歳になるタケルという前妻の子がいるとは知らされていなかった。 騒ぐ彼女に対し、他の親族も経済的な理由で誰も首を縦に 振らなかった。 タケルは大人たちの会話を、泣くこともせず、ただじっと床を 見つめながら聞いていた。 美智子にはその姿がかつて理不尽に 捨てられた自分自身と重なって見えた。 「あの!私が育てます!」 美智子が声を上げると、若い妻は安堵した表情で言い放った。 「ああ、助かるわ!私子供が嫌いなのよ。 もう返品は受け付けないわよ!」 「子供の前でなんてこと言うの!」 美智子はタケルの手を取り、すぐさま斎場を後にした。 二人の生活が始まった。 働きながらの育児は決して楽ではなかったが、美智子は保育士として、 そして母として、持てる全ての愛情を注いだ。 タケルはわがまま一つ言わない、聞き分けの良い子だった。 いつもどこか遠慮しがちで、大人に気を遣うような子供だった。 そして20年後、タケルは大学を卒業し、 新社会人として上京することになった。 引っ越し当日、荷造りを終えたタケルは、玄関で美智子に深く頭を下げた。 「お母さん、今まで 育ててくれてありがとう。これからはどうか、自分のために 生きてください」美智子は泣きながらタケルを抱きしめた。 「タケル、こちらこそありがとうね。体に気をつけるのよ」 いつの間にか大きくなった体に少し戸惑いながら、 美智子はタケルの腕の中で確かな成長を感じていた。 さらに時は経ち、美智子は65歳。 定年退職し、ひとり静かに歳を重ねる日々を過ごしていた。 そして、ふとした瞬間、また心にぽっかりと穴が空いたような 寂しさを感じるようになった。 そんなある日、突然チャイムが鳴った。
[2:16]ドアを開けると、そこにはタケルが立っていた。 後ろには微笑みを浮かべる女性の姿がある。 「ただいま、お母さん。こちら、三島彩さん。あの、結婚、 したいと思ってる」 「初めまして、三島彩です」 美智子は突然の来訪に慌てながらも二人を招き入れ、嬉しそうに お茶を用意した。落ち着いたところで、タケルが切り出す。 「お母さん、実は新居を 建てようと思ってるんだ。それで、良ければ一緒に暮らさないか?」 こらえていた涙が、美智子の頬を伝い落ちた。 「え、そんな、いいのかい?」 美智子は夢のような申し出に、救われたような笑顔で快諾した。 数年後、小さな孫が美智子の膝に飛び乗る。 「おばあちゃん、遊ぼー!」 春の陽だまりの中、かつて美智子の心に空いていた穴は 今家族の温かな笑顔で満たされていた。



